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Sei unica. ②



『Sei unica. ②』





この会社に就職しようと決めた時、
私は何もかも全てを捨ててきた。
洋服、カバン、靴、高価なアクセサリーに婚約指輪・・・。
唯一、捨てられなかったのは薄い若緑の色留袖一式と金の帯。
家元夫人のお母様の若い頃にお召しになっていた着物だった。
色々高価なものを見てきたけれど、
優しい色合いに魅かれ初めて欲しいと思った唯一のものだった。

久しぶりに畳紙を開けると、仄かに懐かしい白檀の香りが漂った。
おそるおそる着物に袖を通すと、上質な絹の衣擦れの音とともに
低くて心地よいあの声が、ふわっと耳に流れ込む。
「つくし・・・。綺麗だ。」
いつも馬子にも衣装といってずっとからかってきたあの人が
抱きしめながら褒めてくれた記憶が蘇る。
「忘れられる訳、ないよ・・・。
今でも大好きで仕方ないんだもの。
自分から逃げたくせに、勝手な女よね・・・。」
溜め息まじりに自嘲してしまう。
あの男の香り、声、温もり。
3年経った今でも、思い起こすことができる。
自分の躰が忘れていないのだから。

昔の甘い記憶と温もりにすがりつきそうになる自分を、
つくしはなんとか振り払った。
つくしは泣き顔をメイクで直し、急いで顔を整えてから、
社長との待ち合わせ場所までタクシーを走らせた。





茶会は国立指定公園の中にある、日本庭園で行われる。
いわゆる野点だ。
今日は梅雨の晴れ間なのか雲一つない晴天で、
真夏日になるかもしれないと朝のニュースで天気予報がされていた。
取り引きの社長と手早く挨拶を済ませて茶会会場に向かうと、
知事や市長、地元産業の名士達がずらっと既に並んでいた。
見物人も沢山いて、小さな地方都市にしては
ちょっとした大人数が集まっていた。
夫婦同伴はわかるがその娘達も、晴れ着を着飾ってそわそわしている。
なんかありそうな予感がしながらも社長と私が案内された席は、
持て成す側から少し離れたところにあった。
ここなら万が一知っている人間が来たとしても、
多くの人々で目立たないはず。

ホッとしたのも束の間、どうやら茶会が始まるようだ。
ザワザワと周囲が雑然としていた中、
遠くから背の高い美しい男の登場によって、一瞬にして静寂となった。
つくしはその登場人物に驚愕した。
西門流次期家元・西門総二郎本人だったのだ。

まさか、こんなところに西門さんが?
慌てて顔を伏せながら総二郎を見遣ると、
どうやら自分のことには気が付いていないようだ。
離れたくてもつくしの周りは満席の来賓席で、
今立ち上がって仕舞うと悪目立ちしてしまう。
人も多いし、顔さえ見られない限り、大丈夫かもしれない。
ほんの少しの間、この場をやり過ごせば・・・。



茶会も終盤近くなって主賓らを持て成し終えると、
来賓席にもお茶が配られ始めた。
どうもこのイベントは主賓を正客としており、
来賓席にいる人間には作法という作法は必要なく、
戴いたお茶を飲み干して茶碗を返せばその場で解散して良いようだった。
総二郎は主賓らと歓談中で、今、すっと帰れば見つからなくて済む。
一刻も早くこの場から離れないと・・・。

そんな想いで帰り支度を始めていると、
つくしの前にいた晴れ着姿の若い女性が
立ち上がったかと思うと、バターンとひっくり返ってしまった。
「大丈夫ですか?!」女性が倒れた事で、
一気にガヤガヤ周囲が騒ぎ始めた。
倒れた女性をみると、貧血のようだった。
つくしは思わず立ち上がると、咄嗟に女性に近づき帯を緩めた。
近くにあったパンフレットを団扇がわりに扇ぎ、
会場スタッフに涼しい場所へ移動するよう話していると、
低くて穏やかながら凛とした声が響いた。
「つくし・・・!」
そこにはつくしの元婚約者、西門総二郎が立っていた。








次は7月16日(日)12:00です♪






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